介護保険と利用者の選択
介護保険では、サービスは「利用者の選択に基づき」提供されるとされている。これは介護保険の基本的な考え方(理念)である。この「利用者の選択に基づき」ということを実現するためにケアマネジャーに対しては、「指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準」(以下運営基準)の基本方針に「特定の指定居宅サービス事業者等に不当に偏することのないよう、公正中立に行われなければならない。」とされている。
さらに同運営基準では、「利用者の選択」という目的を達成するためにケアマネジャーに次のように仕事をしなさいと規定している。「利用者は複数の指定居宅サービス事業者等を紹介するよう求めることができること等につき説明を行い、理解を得なければならない。」(運営基準第四条2)さらに念のいったことに同13条「具体的取扱方針」には「居宅サービス計画の作成の開始に当たっては、利用者によるサービスの選択に資するよう、当該地域における指定居宅サービス事業者等に関するサービスの内容、利用料等の情報を適正に利用者又はその家族に対して提供するものとする。」
このように、これまでは「利用者の選択」という介護保険の基本理念を実現するうえで、ケアマネジャーの仕事の仕方が問題で、「ケアマネジャーの公正中立」に焦点を当てた議論が多かった。しかし現実に現場でこの「利用者の選択」の障害となっているのはむしろ違うところにあるように考えている。
まず第一に介護保険制度の問題がある。介護保険には様々な規則、決まりごとがあり極めて複雑になっている。3年に一度の改定の度に新しい規則が追加され、現場で働くケアマネジャーでさえ、新しい決めごとを守るために必死になっている。そのいくつかを紹介しよう。
利用者はヘルパーさんに来てもらいたいという希望で介護認定申請をする。ところが要支援と認定されると、「介護予防です」「総合事業の利用となります」「回数は○回までです」となる。そこに利用者の選択の余地はない。ヘルパーさんに来てもらう訪問介護は「同居家族がいると生活支援は利用できないこともあります」「それに介護度により回数の制限があります」。ベッドや車いすの利用を希望する利用者に対しては「介護度によって利用できません」。介護保険制度はこのように上げればきりのない細々とした決め事がある。このように介護保険は利用者の希望や選択とは関係なく、利用できる人や利用回数等に制限が設けられており、決められた規則の範囲内での「利用者の選択」ということになっているのである。さらに年々複雑になる制度そのものが「利用者の選択」を阻害する一つの要因となっている。
第二に「利用者の選択」の支障となっているのがサービスを提供する事業所の問題である。その最大の問題は訪問介護のヘルパー不足という現実である。訪問介護を希望した利用者に今や選択肢はほぼないと言ってもいい。「どこの事業者でもいい。来てもらえるだけでハッピー」が実態なのだ。 また、サ高住や有料老人ホームといった施設でのサービス利用は、その施設と同じ法人の運営する訪問介護や通所介護しか利用できないというところも多い。この問題について厚労省は、ケアマネジャーにそうしたケアプランを作らないように指導しているが、施設から「この条件でなければ入所は無理です」と言われれば、ともかく入所できるところを探すのが課せられた当面の緊急かつ最大の任務である。ケアマネジャーには、それに反論する言葉を持っていないのが現実なのだ。さらに、医療系サービス(訪問看護、訪問リハビリ等)の利用に際しては、利用者の意向というより主治医の意向で決まってしまうという現実にケアマネジャーが直面することもある。
第三に地域の事情により選択肢そのものが用意されていないという課題も見えてくる。過疎地や中山間地と言われる地域は一般的にもサービス提供事業所数が少なく、そのサービスの種類も限られている「訪問介護の事業所が0という自治体が昨年末時点で全国107ある」(赤旗)と言われている。特にこの地域では通所リハビリ施設等は送迎の範囲が限られていることもあり、選択どころか、実質的に利用できないサービスもある。
ここで話題とした「利用者の選択」という問題はこうした制度や事業者、地域の問題だけではない。ケアマネジメント実践上のジレンマもある。
日本のこれまでの社会福祉が措置という名の行政処分として行われてきたという歴史の中で、高齢者の自己選択、自己決定という考え方は介護保険の理念で上げるほど、今の高齢者の中で根付いていないという実態もある。「ケアマネジャーにお任せします」という高齢者も少なくない。さらに、「利用者の選択」というが、その際の選択権が利用者にあるのかそれとも家族なのかという悩ましい問題もある。